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(教員コラム)「今・ここ」にいること----ソールチャペルと常時接続社会のあいだで
- 教育・研究
どんなコラム?
スマートフォンを手放すと不安になる----2025年のM-1でドンデコルテというコンビのネタにもありました。臨床心理学者でスクールカウンセラーでもある筆者が、「ぼんやりすること」の意味を綴ります。
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執筆者:西嶋 雅樹准教授(学校臨床心理学研究室)
Column
神戸女学院大学は、名建築に支えられた大学です。キャンパスに足を踏み入れると、どこか時間の流れが変わるような感覚があります。私がとくに好きな場所は、学内の礼拝堂であるソールチャペルです。ソールとは、神戸女学院第4代院長スーザン・A・ソールのお名前に由来しています。琥珀色のステンドグラスが柔らかく光を通し、夕方でなくてもいつでも夕暮れ時のような落ち着いた雰囲気を味わえる、静かな空間です。授業の合間や授業後に、誰もいないソールチャペルでぼんやりと腰を下ろしているのが、私にとってほっとできる時間です。
今の社会は、インターネットにつながっていない場所を探す方が難しいのではないでしょうか。学校でも、個人のスマートフォンの使用は制限されていても、タブレットで同級生とリアルタイムに画面を共有する授業は、コロナ禍以降めずらしくなくなりました。そうした中で、絶えず飛び込んでくる情報の波に圧倒されながら、あるいは圧倒されているとも気づかないまま、流れに身を委ねている自分がいます。いわゆる「常時接続社会」です。
2025年のM-1グランプリでは、スマートフォンを手元から離すことで自分と向き合う余裕が生まれてしまう怖さを面白おかしくテーマにしたネタがありました。笑いながら見ていましたが、同時に、その気持ちは自分にもわからなくはないと感じていました。皆さんはどうでしょうか。
私が生業としている臨床心理学では、悩みを抱えた人と一対一で、時間と場所を決めて対話することが取り組みの核をなしています。私自身はスクールカウンセラーとして学校現場に出ることもあります。ソールチャペルで静かに腰を下ろしているときと、カウンセリングで目の前の人に集中しているとき----リラックスと集中という違いはあるものの、どちらも「いま・ここ」の体験に専念できているという点で、私には似た感触があります。スマートフォンの通知も、めまぐるしく更新されるタイムラインも、どこかから飛び込んでくるニュースも、そこにはありません。ただ、目の前のことだけがある。そのシンプルさが、私にはとても大切に感じられます。
オープンキャンパスなどでキャンパスを訪れる機会があれば、ぜひソールチャペルに立ち寄ってみてください。在学生の方は、授業の合間にスマートフォンを鞄にしまって、ソールチャペルや講堂でしばらくぼんやりしてみてください。「何もしていない」ように見えるその時間が、実は自分の心と向き合う貴重な時間かもしれません。情報ではなく自分の心に耳を傾けることから得られる気づきを、授業の中でも、自分の人生でも、大切にしていきたいと思っています。